コーディ・ローデスがバレット・クラブの頃を語る

コーディ・ローデスはスティーブ・オースチンの『The Broken Skull Sessions』に出演しました。

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レッスルマニア38のセス・ロリンズ戦で復帰しましたが、2015年には一度WWEを退団しています。

WWEを退団した後、コーディは新日本プロレスやROHに上がることになりましたが、バレット・クラブに加入することになりました。

コーディは当時を思い出して次のように語っています。

「新日本に行ったとき、徐々にアメリカン・ナイトメアのアイデンティティを刻み始めていた。だが彼らは特にダスティ(ローデス)がアメリカン・ドリームだったから、アメリカン・ナイトメアとつながりを持たせたがっていたんだ。彼らの観客はアメリカのプロレスをあまり見ていない。たとえ我々がそう思っていても、観客は『彼は誰だ?』と思うから、70年代や90年代のダスティがアメリカン・ドリームで、今や彼の息子がアメリカン・ナイトメアだと教育する必要があった』

『外道やロッキー・ロメロが俺にバレット・クラブのことを聞いてきたのを覚えているけど、まさかと思ったし、俺には無理だと思った。なぜならストーリーが好きだし、違うタイプだったからだ。だが俺はチャレンジが好きだ。みんなと話したし、ザック・ライダーことマット・カルドナは『大変だけどやらなきゃだめだ』と言っていたよ」

「マット(ジャクソン)、ニック(ジャクソン)、ケニー(オメガ)と一緒にいるといつもとは違う心理状態になり、自分にとって居心地が良い場所から抜け出して彼らと一緒にいることでアメリカン・ナイトメアは本当に成長できたんだ。バレット・クラブにいた人間にとって、俺がバレット・クラブの一員になることはナイトメア(悪夢)だっただろう。こいつはWWEの人間だし、俺たちと同じことはできないって感じでね。そして自分がグループのリーダーとして登場することになり、ケニーと俺は差がなくなったが、それは完璧だった。フィン・ベイラーがバレット・クラブを始めた人だ。彼がこの特異なグループを立ち上げ、我々はバレット・クラブ全体や新日本、さらにはROHで起こることをお互いに考えをぶつけ合うことができた。ショーを終えて観客のみんなが何かやって欲しいと言ってくれたとき、リングに観客を上げたり、ビールを飲んだり、大きなことを起こしているという感じがしていた。彼らは俺についてきてくれて、一つになったことで次に起こることにつながっていくんだ」

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